アクアリウムを語る①


どうも、おはこんばんちは。



細長い葉の水草、丸い葉の水草、緑色の葉の水草、赤色の葉の水草。

小さくて地味な魚、大きくて地味な魚、小さくて派手な魚、大きくて派手な魚。

枝状の流木、塊の流木、丸みのある石、角ばった石。


言葉では言い表せないほど、アクアリウムの世界を構築する要素はたくさんあります。

そういった自然由来の物ももちろん、人工的に自然を囲う水槽自体も人間がアクアリウムを楽しむための要素です。


それでは、人間自身はどうなのでしょうか。

管理人はもちろん人間もアクアリウムの要素であると考えています。


水槽という枠で囲う以上、その中を管理し維持する力が働かなければなりません。

大洪水の後、川と切り離された水溜りはやがて干上がり、その環境で生息していた水生生物は死滅してしまうでしょう。


まぁ、もちろん植物は水中・水上と移行し対応するかもしれませんし、乾季になると陸上を這って水を探す魚も存在します。

木は枯れれば植物の苗床になり、やがては土へと返ります。

山から流れ落ちた石は砕かれ、削られ、海の底へ沈むと溶岩に混ざりまたいつか地上に上がって来る日が巡りめぐってくるでしょう。


これらのすべてのサイクルを水槽という小さな小さな環境化で再現することは到底できません。

バランスドアクアリウムやクローズドアクアリウムのような再現性を維持することですらも人間には困難を極めます。


それでもアクアリウムに魅了される人がいるのは、そこに自然があるからでしょう。

そして、それを管理し維持する楽しさを人間は知っているからでしょう。


この知的好奇心はなによりも価値のある意欲だと思います。

アクアリウムを維持する好奇心はやがて熟練され、環境を作るのではなくそのものの力に身をゆだね流されるかのように水槽を楽しめるときがくるかもしれません。


私はまだまだ管理する楽しさが先行してしまっており、流れに身をゆだねるようなアクアリウムの楽しみ方には達していないです。

ありのままの色、艶、サイズの草姿に育てたい、自然に生息しているかのように優雅に泳ぐ魚を眺めたいという願望が、どうすれば自然に近づくのか、どうすればありのままなのかと考えてしまいます。


まぁ、考えても仕方がないことですね。

アクアリウム暦も本格的に楽しみだしたといえる期間を考えるとまだまだひよっこの2年目、何十年と楽しんでいる方々のように、趣味として継続していければなと思います。


幸いなことは私の奥さんが私の趣味に理解を持ってくれていることです。

生き物が嫌い、水槽が臭う、お金が掛かるなどなど、嫌う要因は探せば幾らでも出てきそうです。

住んでいる部屋の環境も決して広いとはいえませんしね・・・。


それでも楽しませてもらえている環境に感謝し、その幸運を最大限享受できるようこれからもできること精一杯楽しんで行きたいです。


とまぁ、なかなかネタが無かったので思うがままに記事を書き込みました。

さて、今回はここまでとします。
また次回の記事にて。
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思いのたけを走り書き。